« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月25日 (火)

セナとサンマリノ(マニア?)

2006年サンマリノGPが終わりました。
シューマッハがポールトゥウィン(危なかったですが)
PP回数はついにアイルトンセナを抜きました。

それがこのサンマリノの地であったのが何かの縁か。
☆☆☆
1994年の同じサンマリノGP、セナは65回目のPPを取りました。
開幕から3戦連続のPP。(ブラジル・パシフィック岡山)
しかしそんな喜びは全くありませんでした。
その日はシムテック(何も確認せずうる覚えで書いてます)の
ローランドラッツェンバーガーが事故死していました。
事故直後のセナの顔、とても辛い顔でした。
「信じられない」そんな感じ。
その前日にバリチェロが最終シケインでマシンが吹っ飛んで手を骨折
しており、普通の神経ならもう逃げ出したいでしょう。
決勝グリッドでのセナは苦笑いと不安な顔、ヨコに頭を振る、
そんな中で極限の走りが出来たのか?

あのころ話題になっていましたが、あのウィリアムズのマシンは
とにかく運転しにくかったらしいです。
前年まで装備されていたアクティブサスが取り外された
超空力マシンは、ちょっと間違うと空を飛んでしまうくらい。
同僚のデーモンヒルでは扱いにくかったそうです。
それをあのセナはドライブし、320km~330km出してたそうです。

今年のGPを見ていて思い出したのは部分的な新舗装。
セナの事故の時も話題になりましたが、
あきらかにアスファルトの色があるところから違うんですよね。
この継ぎ目でマシンがバウンドして下部を擦って火花を散らす。
それが緩い左コーナーの時に発生してタイヤが僅かに浮いて
ハンドルが効かずウォールへ・・・・この原因については今も不明(でしたっけ)

あの事故現場であるタンブレロコーナーは、ゆるやかなシケインになり
超高速コーナーだったのか・・とわかるのはウォールしかありません。
でもカメラアングルは変わりなく見えるので進入時の後ろアングル、
脱出時の正面、今見てもあの時の光景と照らし合わせてしまいます。

それくらい衝撃でした。

あの日は夜11:00頃のニュースで速報が流れ、その後の中継では
LIVE映像でした。
そしてAM2:00頃でしょうか、川井ちゃんと今宮さんが泣き崩れて訃報を伝えたのは。
アナは三宅さんだったでしょう。
泣きました。
その後はセナを振り返る映像が繰り返し流れ・・・翌朝のワイドショーでも報道され。

自分はたぶん休みだったのでしょう。その後鈴鹿サーキットの1・2コーナースタンドの見える
ところに車を止め、ぼーっとしてました。

前年1993年の日本GPはA.プロストとのエキサイティング?なバトルをして
トップチェッカーを受けてました。雨のセナの激走を見れたのも感動しました。
(雨になるとプロストは極端に遅くなる・・・昔から苦手)
そういう事を思い出しながら・・・。
そういや94年の日本GPは、大雨でした。セナが居るんだなって思ったくらい。

・・・

あれからもう12年、干支ひとまわりしてしまいました。
セナが逝った34歳までは結婚しない、と決めてたのに運良く33歳で結婚し、
今ではセナより年上。。シューマッハも もう37歳!
セナは34歳でPP65回だからやっぱセナはすごい!(勝手なひいき・・)

5月1日。この時期が来るといつもこのように思い出します。
いつもそのころの追悼番組とかのビデオを見ています。
いつまでも我がヒーローです。
AyrtonSennaForever。

鉄道の安全性(超真面目)

前回の”惚気け”とうって代わり超真面目です。


1年前の4月25日、驚くべき事故が発生しました。
仕事中であるのにみんなでTVを見てました。
電車があんなに曲がるなんて。
・・・
その後は、オーバーランをする度に報道され、鉄道の安全性について
問いただすニュースが流れ・・・でも1年経ってもJR東日本なんかは
色んな事を起こしてます。
結局表向きにマニュアルを変えたり、スピードを落としたり、ダイヤを
ゆとりにしても結局付け焼き刃なんでしょう。
ダイヤに至っては見事なまでに元に戻せるような組み方(停車時間延長)、
スピードにしても120km→95kmにしても、おそらく120km出しても
ATSにはひっかからないようにしてあるでしょう。

結局こういったスキあらば、の体質もあるし、
ヨコ・タテのつながりが全くない=コミュニケーションがない
=連絡体制がなってない。これでしょう。
下の意見は上に伝わらない。よって上からの指示を下が従うわけがない。
そんな上司に誰がついていくでしょう(この考えもダメなのかな)
部署間の連絡も自分の担当さえよければ他の担当の事が何かあっても
見ない事にする。
JR東日本の隆起事故も作業体制をJRが確認していれば
未然に防げたでしょう。ま、夜間にすればもっと確実だったでしょうが。

そう考えると今の世の中と一緒なのかな。
コミュニケーション不足で人が引きこもり、信用できなくなり、
人と付き合うのが不器用で、ちょっとの事で感情的や思いこみで
簡単に行動を起こしてしまう。
・・・今の時代だ、と言ってしまうと簡単すぎるけど重い。
~~こういった事を書いたのは、職場にちょっと常識はずれた上司が居て
その人が電話番号及び専用電話を持たなきゃいけないのに、
取るのが嫌で持たず、そのくせ発信専用の電話機を持っている。
なので掛かってくると周りの人間がとって電話を回すとの作業が
発生するのですが、
その事について最近指摘したところ本人は周りに「全然迷惑を
かけてないでしょ」 と豪語。
この人は本当に周りに気が付かず、気をつかわない人間だ、
と思った事があったので。これでも上司、課長(とは思ってないですが)です。
なさけなや。こんな上司どう思います? お、記事のネタができた~~


しかし、鉄道は本当に安全を考えずに運行しているのだろうか。
そうじゃないと思う。
動かしているのは人間で乗っているのも人間。
鉄道人ならばただの仕事と考えず、お客様のためにがんばるはず。
そして人(上司・同僚・部下・お客様)を信用してこそ、
その中で安全が生まれ信頼が生まれ
そして間違いの無い会社になる事でしょう。


たいした事のない自分が言う資格はないと思いましたが
ま、ブログなので。ご勘弁を。

ちょっと真面目に書いてしまいました。
明るい話題を書きたいな。

ちなみに批判が怖いのでコメントに対して返信はしないようにします。
あしからずご了承ください。

2006年4月19日 (水)

退院前日(ちょっと惚気け)

題名の漢字読めますか?(←NintendoDSのCMより)
ちょっと恥ずかしい内容かもしれませんが、自分の日記なので
書いておきます。
      ☆ミ
奥さんの退院が明日に迫りました。
今日も会社帰り(フレックス)に病院に寄り、元気いっぱいの患者さん(奥さん)の話を
聞いてきました。
同室になった患者がどーも騒がしいらしく、困ってるとの事。
かわいそうに・・・。

夜の病院、通い続けて約2週間。最初はオロオロとしながら出入りしていたのも
さすがに慣れたところでした。
でもひとつ慣れなかった事は、帰る時。
どれだけ元気でも別れる時は瞬間的に悲しい顔をする。
やせ我慢して元気にしてても、そこだけは正直な部分が。
しかしこれを越えていく事で次へ進める。
それを我慢してがんばった奥さんに帰ってきたら
「よくがんばったね」
と声をかけよう。
ありきたりだけど、これは本当の事だから。

さて、明日からまた二人の生活が始まります。
ひとりぐらしで自由奔放にしてきた生活が・・・元に戻さなければ ^^;(汗

明日は奥さんを迎えに行くので今日は早めに寝ます~ではでは。
(うーん、文章まとまりきれず・・・)

2006年4月15日 (土)

さくら

全然書き込みをしていないうちに、うちの回りでは桜が咲き、舞い散ってます。

040701_2

うちの回りは本当に桜が多く、1年のうちこの時期は本当に癒されます。4月7日には満開になりました。
くしくも、奥様が手術した後。見せたかったなぁ。
←この写真はうちの前にあるサクラ。これは上からですが通勤時は毎日この下をくぐって行きます。

Asahi_3

でも入院時、病院に向かう車で近くのサクラロードを走りました。道沿いに満開のサクラは圧巻です。


この写真はうちのベランダから見えてるサクラロードです。歩行専用です。


0407sakura1_1


← 最初の画像を下から見たところ、サクラロードです。
 画像左下が道になっています。 本当に綺麗!!
   ただ、小泉総理じゃないですが、サクラはパッ!っと咲いてパッ!と散る。
 散るってのは何かサミシイですが、ここの散り方はすごいです。まさにサクラ吹雪!
 上ばっかり見てると「サクラが少なくなってきたなぁ・・」としんみりしてしまうのですが
 ふと下を見ると・・・まさに桜色のじゅうたんが出来上がってます!(写真ないですが)
 咲いているときではなく散った後も綺麗に見せてくれる。ほんと、ありがとう!サクラ!
 来年は奥さんにも見せてあげてね。。。
(全ての画像にてクリックすれば大きな画面で見れます)

二週間ぶり

二週間ブログ更新をしなかった。始めてから一ヶ月もたたないうちに。

これには事情があって我が奥様が手術・入院したからだ。

子宮筋腫。

手術には3時間かかったが、一週間の療養生活ですっかり元気になった。

手術では部分麻酔から全身麻酔(簡易?)に切り替わったのもあったがよくがんばったなぁと思う。

でも、ああいう時ってどう声をかけるかわからなくなるんですよねぇ。

結局手術室に入る時も「がんばって、いってらっしゃい」

終わった時も、「よくがんばったな」。

本人にとってはどういう言葉をかけてもらったら励まされるんだろう。

どんな言葉かけても気休めだけだろうけど、気休めできるだけでも出来たらと

思うと、うーん。難しかった。

とにかく今は普通に接する事が出来ていることに感謝、感謝。

入院生活については奥さんがいずれブログで書くだろうからここでは触れず、

見舞い生活については、退院してからにします。。。

来週水曜には退院するからその後、ゆっくり書きます。

ではでは。

2006年4月 2日 (日)

ホンダPolePosition

その昔、「PolePosition」と言う番組がやっていました。

その名のとおりF1の番組です。スカパーのないような時代にレアな情報を送る番組といえば深夜時間帯と相場が決まってました(そうなのか?)

アイルトン・セナ、アラン・プロスト、中島悟の時代で本当にF1の情報ばかりの番組でした。今のCSの「F1ニュース」かな。

こんなんが毎日やってて私も毎週ビデオに撮ってました。あとで見るわけじゃないのにね。

今は実家の私の部屋の押入で眠っています。。。

・・・じゃなかった。F1オーストラリアGP、ホンダチームとして68年ジョンサーティース以来のポールポジションを取りました!すばらしい~(なんで?と奥様には言われました)

たしかにホンダエンジンのポールポジション(PPと書きます)はマクラーレン時代なら

当たり前で今更・・・なのですが、TOYOTAやBMWの苦戦を見ればすごいと思います。

予選とはいえルノーを上回る結果ですからね。

あと時代を感じさせる1968年以来という記録もね。私生まれていません(^^;

今、スーパーアグリF1が純日本チームと注目あびていますが、その40年前に既に日本チームとしてマシン・エンジンで参戦していたホンダ、本田宗一郎氏。

さらにポールポジションに、優勝もしていました。スゴイと思いません?それ以来ですからねぇ。

是非決勝ではトップでチェッカーを受けてほしい・・・ですがルノーはやっぱりいいです。

でも、今はアロンソ・フィジコが同じ位置のためどちらが優先ってのがないのか、譲り合いもないですね。予選の時に二人の位置関係でやりやってたのもありましたし。

その中をかいくぐって是非トップになってほしいホンダ。作戦さえ間違えなければね・・。

明日昼から地上波でも中継されるそうです。是非見てみましょう~。

☆☆☆

番外: TBSのオールスター感謝祭、見ました? ミニマラソンの猫ひろしの激走にちょこっと感動してしまいました~。

2006年4月 1日 (土)

まぶたピクピク

しばらくブログに手が付けれない状態でした。。。

仕事とプライベートと・・・来週からはプライベートでかなり占有するため

今週は仕事を重点的にやってたら・・・まぶたがピクピク!

右目の上あたりが無意識にピクピクするんですよ。たしかにたまになったりするのですが、週中くらいから頻度が多くなって金曜日日中はしょっちゅうでした。これが結構気になって仕方がない。

仕事中だったけどそれに関連するHPを探してたらまぶたピクピク病ありましたよー

~眼瞼痙攣(がんけんけいれん)というらしいです~

目の疲れや睡眠不足が原因との事です。まさにその通りの生活でしたよ(爆)

昔に比べればたいした生活してないのに・・・歳をとったのかな?

マグネシウムとか摂取もいいらしく、豆腐が良い?との事でさっそく食事に採用!

していただきました。ただカルシウムも一緒に取らないといけないらしい。

今は症状軽くなってます。よかった~。

この週末はゆっくり過ごします。それでもF1オーストラリアGPは見なければ!!

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »