セナとサンマリノ(マニア?)
2006年サンマリノGPが終わりました。
シューマッハがポールトゥウィン(危なかったですが)
PP回数はついにアイルトンセナを抜きました。
それがこのサンマリノの地であったのが何かの縁か。
☆☆☆
1994年の同じサンマリノGP、セナは65回目のPPを取りました。
開幕から3戦連続のPP。(ブラジル・パシフィック岡山)
しかしそんな喜びは全くありませんでした。
その日はシムテック(何も確認せずうる覚えで書いてます)の
ローランドラッツェンバーガーが事故死していました。
事故直後のセナの顔、とても辛い顔でした。
「信じられない」そんな感じ。
その前日にバリチェロが最終シケインでマシンが吹っ飛んで手を骨折
しており、普通の神経ならもう逃げ出したいでしょう。
決勝グリッドでのセナは苦笑いと不安な顔、ヨコに頭を振る、
そんな中で極限の走りが出来たのか?
あのころ話題になっていましたが、あのウィリアムズのマシンは
とにかく運転しにくかったらしいです。
前年まで装備されていたアクティブサスが取り外された
超空力マシンは、ちょっと間違うと空を飛んでしまうくらい。
同僚のデーモンヒルでは扱いにくかったそうです。
それをあのセナはドライブし、320km~330km出してたそうです。
今年のGPを見ていて思い出したのは部分的な新舗装。
セナの事故の時も話題になりましたが、
あきらかにアスファルトの色があるところから違うんですよね。
この継ぎ目でマシンがバウンドして下部を擦って火花を散らす。
それが緩い左コーナーの時に発生してタイヤが僅かに浮いて
ハンドルが効かずウォールへ・・・・この原因については今も不明(でしたっけ)
あの事故現場であるタンブレロコーナーは、ゆるやかなシケインになり
超高速コーナーだったのか・・とわかるのはウォールしかありません。
でもカメラアングルは変わりなく見えるので進入時の後ろアングル、
脱出時の正面、今見てもあの時の光景と照らし合わせてしまいます。
それくらい衝撃でした。
あの日は夜11:00頃のニュースで速報が流れ、その後の中継では
LIVE映像でした。
そしてAM2:00頃でしょうか、川井ちゃんと今宮さんが泣き崩れて訃報を伝えたのは。
アナは三宅さんだったでしょう。
泣きました。
その後はセナを振り返る映像が繰り返し流れ・・・翌朝のワイドショーでも報道され。
自分はたぶん休みだったのでしょう。その後鈴鹿サーキットの1・2コーナースタンドの見える
ところに車を止め、ぼーっとしてました。
前年1993年の日本GPはA.プロストとのエキサイティング?なバトルをして
トップチェッカーを受けてました。雨のセナの激走を見れたのも感動しました。
(雨になるとプロストは極端に遅くなる・・・昔から苦手)
そういう事を思い出しながら・・・。
そういや94年の日本GPは、大雨でした。セナが居るんだなって思ったくらい。
・・・
あれからもう12年、干支ひとまわりしてしまいました。
セナが逝った34歳までは結婚しない、と決めてたのに運良く33歳で結婚し、
今ではセナより年上。。シューマッハも もう37歳!
セナは34歳でPP65回だからやっぱセナはすごい!(勝手なひいき・・)
5月1日。この時期が来るといつもこのように思い出します。
いつもそのころの追悼番組とかのビデオを見ています。
いつまでも我がヒーローです。
AyrtonSennaForever。
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j-hasさんほんとうにF1ダイスキなんですね。
私はセナはさすがに知っていますが、
ほかはあまりわかりません。
あとは中嶋悟(古い?)
プロストは昔CMに出ていたからわかるなぁ
F1を見始めたきっかけはなんだったんですか?
見始めるとおもしろそうなのですが、私はなかなか見ないなぁ…
奥様もハマっているF1のおもしろさを私にも教えてください。
投稿: nobnob | 2006年4月26日 (水) 22時48分
GWもあって返信が遅れました。
F1の魅力ですか・・・いずれブログネタで書いてみます。
言われてみるとなんでだろうって事ありますよね。まさにそれなので。ではいずれ。
投稿: J-has | 2006年5月 6日 (土) 00時54分